赤い風が世界を焼き払ったのは150年以上前のことである。
人類はあさましくも立ち上がり、何事も無かったかのように繁栄を続け、元の姿を取り戻しつつある。
その代わりに聖剣士という世界の守護者はカリソラとの戦いでほとんどが死に絶えたが、
赤い風の暴威以来目だった「世界の敵」が現れていないため、聖剣士の威光は最後の伝説へと成り果てようとしていた。
時代は機械文明へ移行し、かつて聖剣士らが手探りで研究していた聖剣の解析が比較的簡単になったことで、
魔術と呼ばれていた力が次第にありふれたものになっていった。
力の均衡が混沌としていく裏で不思議とおだやかな日常は、着実に壊れようとしている。



 機工騎士


僕たちはユハビィをつれてこの島にやってきた。
彼女は人間じゃないらしい。
上が言うには、人類の英知を結集させて作られた人工知能を搭載した人造人間なのだと。
学習能力や応用力が桁違いに優れた汎用型アンドロイドであると散々説明された。
僕も難しいことはよくわからないが、近年かなりの勢いで次々この島に流れ込んでくる文明に毒されていた島民は
別にそれほど驚くこともなく、彼女の存在をあっさり受け容れた。

島には名前が無かった。かつては大きな国の一部だったようだが、
150年前にカリソラの射程外にあったこの島を除いてすべて消し飛んでしまい、
実質的に切り離された絶海の孤島となったのだ。
それでも気候が穏やかなおかげか、今もそれなりに栄えているようであったが、
外界との接触もほとんどなかったため大陸に居た僕から見ればかなりの古臭さを感じる。

僕たちとユハビィは、この島に訪れるとともに設立された「気象庁」に就任した。
否、気象庁という名の軍隊の駐留基地である。
制海権がモノを言いはじめている昨今、このような外界へ切り離された小島でも所有しておく意味がある。
人々の不安を煽るまいとばかりに武装が地下に隠されちゃいるが、そんな事はもう子供でも知っていた。
しかし補給線も何もあったもんじゃないこの島が抱え込めるフネの数などたかが知れている。
制海権など名目上のものだけで充分なのだろう。
要するに、島民の知らないうちに二束三文の条件で軍事国家ファミリアの従属地となっていたこの島は
国家の存亡を共にする事になるのである。
島民はと言うと故郷に骨をうずめられさえすれば文句は無いようで、
本国が接触しだしてから急に便利になっていく日常にただ甘んじ、
気象庁が垂れ流すやたらてきとーな天気予報を毎日毎日バカ正直に信じていた。



ユハビィの役割は、気象庁の地下にひしめく武装のメンテナンスであった。
メンテナンス班は彼女一人。正直、最初は何の冗談かと思っていた。
彼女は、どこからかもってきた小型のアンドロイド十数体を格納庫内を走らせた。
無機質で愛らしく、壁や天井もちょこまかと動くアンドロイドはあちこちでエラーを検出し、その場で物理的に修復を行う。
ユハビィは彼らに作業を任せたままデスクに座り、ノートを開いて何かを一心不乱に書き始めた。
ユハビィの監視を任されていた僕は、武装郡を這い回る検査アンドロイドの動きに魅入っていた。
「あれは、何だ」とユハビィになんとなく問いかけてみた。
するとユハビィは「うるさい…」と不機嫌そうにつぶやいたが、数秒後手を止めて武装郡の方を向き直った。

「メタリックナイツ」
ユハビィがおごそかにつぶやいた。金属の騎士…言われてみればわからなくはないが、騎士と言うほど勇ましくは見えない。
「機械仕掛けの騎士。バッテリーが尽き果てるまで主人に付き従い…」
面倒な事を聞いた気がした。技術的な話でもだらだら聞かされるのかと思ったら、
魔剣がどうとか、ロストメモリーがどうとか、聖剣士の伝説に登場しそうでどこか違う独自の世界観を語りだした。
彼女がメタリックナイツと呼ぶ検査アンドロイドは彼女の手作りで、一機ずつに名前と設定が細かく決められているらしい。
ユハビィ自身は「語り部」で、彼らの軌跡を記録する役割を担っているという。
人工知能のくせに中二病を患っているとは可愛げがあるんだかないんだかやや複雑になったが、
ここに来るまでずっと冷たかったユハビィの表情がどことなく明るく見えたので、僕はそれとなく相槌をうって聞いていた。
しかし人工知能というには、ユハビィはそこらの人間よりも表情豊かだった。このときは、
単に身の回りの人々の表情が死んでいるだけなのだと思っていた。

数十分後、作業を終えた検査アンドロイドがユハビィの前に整列し、自動的にスリープモードに切り替わる。
こうしてメンテはすぐに終わってしまうので、時間にかなりの余裕ができる。
ユハビィはありあまる暇を外出して過ごした。
監視役である僕は本来ユハビィに与えられている作業時間が終わるまでは彼女についていかなければならず、
彼女もつきまとう僕をさぞやウザそうにちらちら見てきたが、おのずと僕は荷物持ちにさせられた。
ユハビィの行動は驚くほど人間的で、服や小物を買ったり、普通に食事をしたり、映画を観たりしていた。
メタリックナイツの説明をしていた時のようにほとんど一方的にしゃべるだけなのかと思っていたら、
案外普通に言葉のキャッチボールはできるようだ。主に街の子供たちと親しげで、
ほぼ毎日遊び相手になっていた。ときには、自分で作ったロボットを子供たちにプレゼントしていたりするようだ。

そうして、しばらくもしないうちにユハビィは街に馴染み、友人も増えたようである。
それについていく僕もすっかり顔を覚えられたようだ。あちこちで執事などと呼ばれているようだが、悪い気はしない。
街の子供はユハビィの自作の英雄伝記を楽しみにしているようだった。
僕に設定語りをするときは所々支離滅裂なやたら難しい語り口なので意味がさっぱりわからないのだが、
子供相手にわかりやすくまとめる事はできるようで、僕はわかりやすい方ばかり真面目に聞いている。
しかし気象庁内ではここに初めて来たときと同様に寡黙で、むしろ冷徹さが増しているように思えた。

ある日、毎日メンテを行っている検査アンドロイドの管理―つまりユハビィの立ち位置に別のアンドロイドが就いた。
これもユハビィの自作物で、検査アンドロイドの起動・整備など、
ユハビィがこれまでやっていた事をこなしてくれるのだという。
検査アンドロイドに比べれば人間に近い姿をしているが、無機質さはそんなに変わらない。
名前はシンディと言い、彼女もまたメタリックナイツの一員である。
詳細設定も説明されたが、もちろん僕は覚えてない。
これまで試運転が何度か行われているが、
どの兵器も誤作動ひとつ起こした事が無い。信用していいのだろう。
要するに…ユハビィはほぼ一日中時間が空くのである。
以降外出をじっくりと楽しむのかと思ったが、ユハビィは気象庁内の自室に篭りがちになった。
週に一度は以前のように買い物に出かけるが、
それ以外は部屋に何か大量の書類を持ち込んで何か研究しているようだった。
それでも、子供たちへの英雄伝記だけは毎日夕方に語り明かしているようだ。
僕はほとんどする事もなく彼女の部屋に食事を運ぶ事にしていた。彼女への興味からかそれほど苦痛は感じない。



ある週明けの朝、ユハビィが島から姿を消した。
格納庫から小型高速ボートが一隻忽然と消えており、どうやら朝のうちに巧みにセキュリティを解除し抜け出したらしい。
ちかごろ気象庁の技術班に自作のセキュリティシステムを積極的に勧めていたようだが、この布石だったのだろうか。
メンテはユハビィがいなくてもメタリックナイツによって順調に行われているが、
日々聞かされる理解不能の設定語りが僕はその日から急に恋しくなり、異様にイライラしてしまう。
僕の心配をよそに、気象庁では僕の管理責任が問われ、今にも本国へ更迭されようとしている。
ユハビィが毎日顔をあわせていた子供たちはどうなるのだろうかと不安になり様子を見に行ったのだが、
子供たちはさして動揺している様子は無い。むしろ何か知っているようであったが、僕には何も教えてくれなかった。
失踪したユハビィの捜索は難航し、僕の周りでは時間だけが過ぎていった。

9日後。
僕が目覚めたとき、何事も無かったかのようにユハビィは戻ってきており、上とあれこれ話し合っている最中だった。
主に技術班の説得でこの一件は無かったことになり、僕の処分も多少の減給で済むようだ。
技術班からのユハビィへの人気は高い。
何食わぬ顔で格納庫に入ってきたユハビィに「どこ行ってたんだ?」と訊ねると、彼女は「…散歩」とだけ答えた。
その日はお茶酌みアンドロイド「ケイン」というメタリックナイツの新メンバーを紹介され、
僕の張り詰めた緊張を解きほぐしてくれるのであった。
僕が彼女にしてやれることがひとつ取られてしまったが。

それからしばらくして、ユハビィの外出時間が少し増えた。
メンテをあれだけ自動化しておいて作業時間に何ら変更が無いのは技術班への協力で貢献しているからだろう。
気象庁内の設備が充実してきたと技術班のひとりが満足そうに話していた。
それはそうと、ユハビィの英雄伝記が盛り上がっている。
苦難を乗り越えてきた主人公一行が一大決戦にて敗れ、
そればかりかヒロインが身内に殺害されると言うショッキングな展開である。
旅の終わりも近いかというところで何もかもが悪い方向へ転び、よもやバッドエンドかという下向きっぷりである。
実に良いところでお開きにされ、子供たち(と僕)はやたらテンションが上がっているのに気付いた。
みな日が暮れるのが憎らしげであったが、僕はユハビィがハッピーエンド至上主義者だという事を知っている。
最近になって彼女の設定語りがそこそこ理解できるようになってきたのだが、
ひたすらに暗いエピソードの多い実際の聖剣士の伝説とは異なり、ユハビィの作る話はいずれもどこかで救いがあるのだ。
そんな事を考えながらニヤニヤしつつも、明日の待ち遠しさにうずうずするのは止められなかった。

…以前、彼女のノートを開いていたページだけ少し眺め見てみた事がある。
それは、僕への設定語り以上に文体やらなんやらがメチャクチャで、とても読めたものではなかった。
(字が下手だったというわけではない)
ユハビィが人工知能であることを改めて思い出させた。彼女への興味は尽きない。



英雄伝記が一段落したところで、またユハビィがボートで海へ出かけてしまった。
しかし今度は、いつの間にか簡単な言葉を話せるようになったシンディに伝言が吹き込まれていた。
「少し出かけてくる」…と、それだけ。
僕はこの事をあえて黙っておいて、あとあとの処分は技術班に適当にはからってもらうことにした。
やはり今回も子供たちは何か知ってる様子で、思わせぶりなクチばかりきくだけで何も教えてくれない。
…次は荷物運びアンドロイドでも作ってきそうな気がする。

今度は6日で気象庁へ帰ってきたユハビィは、なにやら上機嫌そうだった。
今回もまた減給であるが、いい加減ふところが寒くなってくるのは如何ともしがたい。
「せめていつ帰ってくるかぐらい教えてくれないか」と聞くと、
ユハビィは少し黙って「肩揉みアンドロイドでも作ろうかしら」と答えた。

それ以降、ユハビィがボートで散歩にでかける頻度が多くなった。
留守にする期間はまちまちだったが、長いときでも10日以内には帰ってきた。
僕の減給も次第に軽減されていき、ついにはユハビィの休暇の一環と認識されるようになった。
気象庁内では技術班以外の彼女への評判はあまり芳しくないが、地道に理解を示してきている事は僕にも感じられる。
ユハビィに「たまには僕もつれていってくれよ」と冗談で言ってみると
「子供たちは良い子で留守番してるじゃない」と返され、あちこちがむずかゆくなった。



ユハビィが最後に外出してから半月が経った。ここに就任して8ヶ月後のことである。
身の回りがまた慌しくなり、僕もまた不安を感じていた。
いよいよ僕の首が危ういかというかたわら、街では奇妙な噂が流れていた。
ユハビィが目の前で何も無いところから花を咲かせてみせただとか。
子供が転んで怪我をすると、ユハビィが傷口を撫でるとたちまち傷がふさがっただとか。
壊れた玩具をみるみるうちに元に戻しただとか。
最初は冗談の増長かと思っていたが、子供が言うにはその魔法を見た者はみんなユハビィに口止めされていたようだ。
そんな聖剣士まがいの奇跡を見せられたら僕だって嬉々としてしゃべってしまうだろうが、
ユハビィは何を研究しているというのだろうか。
街角で首をかしげていると、口の軽そうな子供が僕に耳打ちした。
「超スゴイメタリックナイツを作るんだって!」







ユハビィが最後に外出して23日。
…バカでかい、空を飛ぶ鉄の塊が、肉眼で視認できた。
島中が騒然とし、海岸は見物人と(申し訳程度の)気象庁総戦力でごった返した。
ことごとく留守番を任された子供たちが、いつもの広場でメタリックナイツがどうとか騒いでいる。
一人一体ずつ、ユハビィにもらったアンドロイドを連れている。
何がどうなっているのかだいたい見当はつくが、状況はまったくわからない。
調査班によれば、全長4kmに及ぶそれは本当に宙に浮いており、
無数の砲台らしきものが確認できたという。…いわゆる空中要塞か。
やがて、その鉄の塊から文書メッセージがよこされてきた。
このごちゃごちゃした文体……ユハビィだ。
理系の技術班はユハビィの語りは話半分に聞いていたようで、今これを読めるのは僕だけのようだ。
よってすぐに僕が翻訳を命じられた。
内容を要約すると
「最強戦艦ボルカノでファミリア国がかねてより目のかたきにしてきたゾラビス公国をボコボコにしてやんよ」
とのことであった。
ゾラビスとファミリアは確かに一触即発の状況である。
ゾラビスはファミリア本国から見てこの島の向こう側に位置しており、
軍事力をつけてきたゾラビスへの牽制のためにこの制海権が(申し訳程度とはいえ)確保されているようなものなのに、
今危険を冒してまで事を荒立ててどうするというのか。
極端な話、ヘタすれば両国滅亡の危機である。
しかしユハビィの事である。軍事力が高められる前に先制攻撃をしかけ、
最終的にはファミリア本国の手を借りてでも敵に戦う力がなくなるまでこの島だけでも守りきるつもりなのだろう。
あんな巨大なフネならゾラビスの兵力をたばねて一度に襲い掛かられてもどうにかできそうな気はするが、
確実に赤い風のような惨劇が約束されるのは明らかだった。
気象庁の面々は青い顔をしてあれこれとメッセージを送信したが、先ほどの爆弾発言を最後に何も返事は返ってこなかった。
実を言うとユハビィのメッセージには「もう宣戦布告文送信しといたから」といった文面も含まれていたのだが、
言おうかどうか迷ってるうちに時間だけが過ぎていった。


その二日後、本国から「救援」が送られてきた。…小船一隻で。
操縦士が一人。
僕やユハビィをここに連れてくる際に同行していた人間が二人。
明らかに雰囲気の違う、重火器多数とブレード等フル武装の青年が一人。
救援とは何を意味するのか。
彼らと、気象庁幹部の数人で淡々と会議が進められ、そしてそれは突然告知された。

”ボルカノ破壊作戦”
気象庁長官がげんなりしている横で、本国から来たという白衣の男がやたら冷静に作戦を説明し始める。
―ユハビィのプロトタイプである「ソルスター」を単騎で投入し、戦艦ボルカノを無力化する―
あまりに単調すぎて、言葉が出なかった。
彼らが連れてきた武装していた青年、それがソルスターらしい。
ユハビィのプロトタイプという部分も気になったが、それどころではない。
一人重武装したところであんな戦艦落とせるというのか。聖剣士じゃあるまいし。
気象庁の面々の役割は、ソルスターが無力化された場合、本国へ戻るかこの島に残るかを選ぶ事だ。
事実上の気象庁解体である。
僕を含む職員の数人が挙手し何か訴えようとすると、白衣の男が付け加えた。
「もう出撃している」





ボルカノの甲板上に立つユハビィの姿を、レーダー班がキャッチした。
全身に風を浴びるそれは、今までにないほど清々しい、輝くような笑顔。
それを見て、僕は確信した。


ああ、彼女は人間だ。

設定資料

まるろく堂

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